結崎ひよのセリフ集 - 小説第二巻『鋼鉄番長の密室』
◆『鋼鉄番長の密室』プロローグ
「ふーん、鳴海さんてばずいぶん優しいですね、寛容ですね」
「かっこわるいですよ、女性のタイプで態度を変える人って」
「どの口でそういうことを言いますかっ。鳴海さんが先輩への敬いの心なんて持ってるわけないじゃないですかっ」
「忘れているとは思えませんけど、私は鳴海さんの先輩ですよ?」
「私は鳴海さんに優しくしてもらった覚えなんかありませんよ?」
「どこがです? 先輩を『あんた』なんて呼んでいいと思ってるんですか?」
「真面目な顔して『だがな』、じゃありません!」
「もういいです、鳴海さんに礼儀なんか期待しても仕方ありませんでした。それよりいつまで待つ気ですか!」
「またひとり雑誌を読まないでください! プリンの作り方なんかどうでもいいじゃないですか! 何がプリンですか!」
「そんなのどっちでもかまいません!」
「怒ってません! どうして鳴海さんはあんな人がいいんですか!」
「何をのへへんとしてるんです? そーんなに待ってるのが楽しいですか? お花畑でも見えますか?」
「待ってるなんてつまらないです! どうせ来やしませんよ!」
「ぜったい来やしません。そんな感じだったじゃないですか。今のうちに帰っちゃうのがかしこいです」
「ははー、先輩様に命令しやがりますか?」
「……絶対ですよ?」
◆『鋼鉄番長の密室』第一章「扉をこじあけて」
「どれどれ、なんです?」
「十文字に『鋼』の一字………」
「えーと、待ってください。むむ、これはまさか。いえ、そんなはずは………」
「や、やっぱりこれはぁぁぁ!」
「この真鍮の重み、全体的にわざと処理を甘くしたエッジ、厚く大きい十文字にわざと歪ませたゴシック体の『鋼』の一字、この年期の入りよう、
全ての特徴があります!」
「こ、これは鋼鉄番長さんの鋼鉄バッチですよ! 本物ですよ!」
「知らないんですか?
かつて全国高校の頂点に立つ真の番長となるべく魔法番長、ピストル番長と熱き戦いを繰り広げ、
破滅的な最終決戦を止めるために劇的な最期を遂げた伝説の番長さんです!
鋼鉄番長・荒木三郎太さんですよ!」
「実在の人物です! 四十年以上前、まだ学生達が熱かった時代の人達ですよ!」
「これは三十年前の初版なんですけど、二週間ほど前増補改訂版が出て再読しましたから鋼鉄バッチのこともすぐわかったんです!
ほら、見てください!」
「鋼鉄番長さんは当時珍しく、百九十センチに達する身長に百キロ以上の体重をしていたといいます。
この鋼鉄番長さんがトレードマークとして作って胸につけたのが鋼鉄バッチです。
まさか本物が見られるなんて、ああ、かっこいいですよねー」
「ありますよ。鋼鉄バッチは鋼鉄番長さんの分身みたいなものですからね。
今でも熱い青春時代の思い出に欲しがる人が多くて、市場があるんですよ」
「何しろ鋼鉄番長世代は六十歳過ぎで、お金をたっぷり持ってるんです。
ついでに歳をとると昔のことばかり大事にしますから出費を惜しんだりしませんよ。
同じトレードマークとして有名なピストル番長の六連発リボルバー『ハヤブサ』や魔法番長の『鷹の杖』より高値になるのは必至ですね」
「鋼鉄番長さんの死後、どこに行ったかはっきりしてなかったものですよ、どうやって手に入れたんです?」
「バッチ見つめてなに考え込んでるんです?」
「隠し事ですか? 私に話せないこずるい悪事でも働いて手に入れたんですか?」
「あ、ノックもなしにいきなりなんですか!」
「えーと、私の記憶が確かなら、あなたは三年の牧野千景さんですね?」
「それは規定の料金を支払ってもらえるならやりますけど、ノックくらいしてください」
「新聞部の重要な部活です。
私の持ってるデータを使って、人探しから物探し、気になる人の素行調査、資料収集といったことをやってるんです。
これでお客さんが多いんですよ。
たまに弱味を握って脅迫してくれって依頼もありますけど、犯罪はしてませんよ?」
「じゃあ先に人探しの方を。どなたをお探しです?
名前でも身体的な特徴でも、わかってるだけのことを教えてください。ちょっとしたデータでも検索できますから」
「それは変な人ですね」
「リジー・ボーデンさんってどなたか知ってます?」
「せ、せめて顔や体の特徴を教えてもらえませんか?」
「あのー、それはお探しの人がまさにこの人だからじゃないですか?」
「こんなかわいい娘つかまえて根性曲がりとはなんですか」
「残念なことに事実ですから。正義はなかなか理解されませんねー」
「ですね。捨て値でさばいても三ヶ月くらい遊んで暮らせますよ。
私に任せてもらえればもっと高値でさばいてみせます。ひとつどうです、鳴海さん? 稼ぎは山分けで」
「な、鳴海さん! もう刺激しちゃダメですって!」
「わ、ち、血が出てますよ! ばんそうこう、絆創膏!」
「いったい真夜中に牛乳片手に何してたんです?
もしや『お嬢さん、僕のミルクを飲まないかい』、とか趣味の悪いナンパをしてたんじゃないでしょうね?」
「はい、おしまいです。で、ホントのところどうなんです?」
「はー、それはお優しいことですね」
「私が忙しいのわかってて、どうしてお弁当を食べようとしますか!」
「せめて『手伝ってあげようか、おしゃまなひよのちゃん』くらい言えないんですか!」
「依頼人は牧野千景さんです。休み時間にいきなり教室に来られて頼まれたんですよ、びっくりしました。
ほら昨日、人探しと調べ物を頼みたいって言ってましたよね、その調べ物の方です。
断ろうかと思ったんですけど、ふっかけた依頼料を払うって言われたものですからもったいなくて。お金ってこわいです」
「鋼鉄番長さんの死に関する情報をできるかぎり集めてくれって」
「千景さん、今さらながら鋼鉄番長さんを殺した犯人見つけようとしてるんですって。これって無茶なんですけどねー」
「いいえ、公式には自殺として処理されています。
男らしい立派な動機もありますし、自筆と鑑定された遺書もありますし、遺書から鋼鉄番長さんの指紋も出てます。
現場の状況にも解剖結果にも殺人を匂わす要素はありません」
「でも鋼鉄番長さんの自殺はタイミング、遺書の内容とも誰にとっても都合が良すぎるものだったんです。
鋼鉄番長さんにそういう形で自殺してもらいたがってた人間が少なくとも三人はいましたからね、自殺を偽装した殺人と考えられないわけじゃありません。
当時から鋼鉄番長謀殺説は割と根強くあって、机にある類の本でいろいろ検証されています。それも十年以上前の本ですけど」
「今ネットで関連情報を検索して、ついでに警察の捜査資料を掘り出せないか挑戦中です。
ここ二、三年の事件ならすぐ揃えられるんですけど、四十五年も前の自殺事件となると難しくて………」
「全然おいしそうに聞こえませんよ」
「双璧は当時鋼鉄番長さんと熾烈な勢力争いを繰り広げた二大番長ですね。宿敵ともいえる関係でしたから死んでほしかったのは当然です。
ひとりは小酒井商業高校三年、ピストル番長こと相沢竜馬さん。
もうひとりは一番ヶ瀬高校三年、魔法番長こと京谷淑子さん」
「鋼鉄番長さんの生前はその右腕として活躍し、死後は実質的に全国高校番長の指導者となって星影番長と呼ばれた左右田工業高校二年、稲葉弘志さんです。
この人は鋼鉄番長さんの親友なんですけど、結果的に漁夫の利を得た感じなんで容疑者にされてるんです」
「鳴海さん、今番長さん達を小バカにした感想を抱きましたね?」
「その昔、独自の称号を名乗った番長さん達を甘く見ちゃいけません。今と違って番長時代の高校生はめっぽう熱かったんです」
「まぁ聞いてください。
当時、魔法、ピストル、鋼鉄の三番長は全国規模の勢力争いを繰り広げ、それぞれひと声で配下一万以上の学生を動かせたといいます。
これだけの学生が衝突すれば関ヶ原の合戦なんか目じゃない戦いになったでしょう。
そして実際、四十五年前にこの三者による総力をあげた天下分け目の決戦が起ころうとしていたんです」
「もしその決戦が現実のものとなっていれば多数の死傷者を出しただけでなく、
その狂乱にあおられて全国の高校生が一種の躁状態に陥り、各地で暴動が起こることも十分予想されました。
最終的な死傷者数、総被害額はきっと悪夢的な数字になったでしょう。
あまりに大きな戦いだけに、誰も勝者と言えないほどの犠牲を強いられたかもしれません。
警察も日々高まる緊張感に警戒を強めながら止める手だてが浮かばず、決戦の時は迫りくるだけでした」
「そんな時に鋼鉄番長さんは戦いのむなしさに気づき、敵対する二人の番長さんに遺書を送って自らの命を絶ったんです。
そもそも決戦の原因は鋼鉄番長さんの抜きんでた力にあったので、その死によって戦う意味が消失したんです。
こうして全国をパニックに陥れると思われた満身創痍の大決戦は回避され、全国高校の平和が保たれました。
身を挺して大地の平穏を守る、男らしい選択です。これぞ多くの学生の命を預かる番長の死に様です。
だからこそ伝説の番長として同時代の人達から永遠の尊敬を持たれてるんです!」
「いいですか、パニックを恐れた国家権力が鋼鉄番長さんを暗殺したって噂もあるんですよ!
鋼鉄番長さんの死にはそれくらい大きな意味があったんです!」
「フィクションじゃありません。この『番長の王国』にも詳しい経緯が書いてあります」
「『番長の王国』をバカにしないで下さい。
日本の番長時代を熱く描きつつ、その時代的、風俗的、社会的な意味にさえ踏み込んだノンフィクションの傑作です!
菅村軍平先生は鋼鉄番長さんと同世代の人で、今は国立大の社会学教授ですよ、信用たっぷりです!」
「それを理解してもらうには抜刀番長・永森新吾さんにより恐怖統治時代を説明しなければいけないんです!」
「実在の人物なんですから仕方ないじゃありませんか!」
「そこまでは教えてくれませんでした。ただあの人、鋼鉄番長さんにかなり詳しいですよ。
依頼の時にどれくらい本気なのか探りを入れたんですけど、抜刀番長登場から鋼鉄番長さんの自殺まで、時代をちゃんと把握してました。
相当『番長の王国』を読み込んでます」
「鳴海さん、千景さんに関わるつもりですか? よくない予感がしますよ?」
「鳴海さんこそ、こんなこといつもは面倒だって逃げ回るじゃないですか。千景さんにかぎって積極的ですね、あやしいですね」
「別に鳴海さんが何をしようと私は構いませんけどねー」
「でも鋼鉄番長さんの事件はけっこう難題ですよ?」
「もし殺人とするなら、密室殺人になります」
「死体は鋼鉄番長さんが一時の住まいとしていた小屋で発見されたんですけど、
二枚ある窓は両方ともねじ込み式の錠がかかっていた上に、その錠も錆びついてほとんど動かない状態でした。
警察が現場検証で錠を外したんですけど、何年も触れた形跡がなかったそうです。
それどころか小屋が粗末で窓枠が歪んじゃったせいか、窓そのものがスライドしなかったそうですよ」
「出入り口は引き戸で、錠や掛け金、かんぬきといったものはなかったんですけど、内側からつっかい棒をはめて閉じていました。
つっかい棒は敷居より少し長めのもので、斜めにがっちりはめこまないと戸が動いてしまいますから、遠隔操作でこれを戸にはめるのは無理です」
「青酸カリによる中毒死です」
「遺書があるんです。自殺の前にポストに投函されたと思われ、ピストル番長さんと魔法番長さんに郵送された二通の遺書が。
宛名、宛先、本文の筆跡は鋼鉄番長さんのものと判断されています。
筆跡の偽造はそれほど難しくありませんし、参考にできる文書もあったので大きな障害になりませんけど、
遺書には鋼鉄番長さんの指紋が自然について、本分の最後に拇印まで押されています」
「もちろん鋼鉄番長さんが生きている間に遺書に使う封筒や便箋に指紋をうまくつけさせ、さらに拇印も押させたって可能性も考えられはしますけど」
◆『鋼鉄番長の密室』第二章「地には平和を」
「まだ読んでるんですか、鳴海さん? 読書スピード遅すぎますよ」
「面倒がらずに読んでください。だいたい千景さんにちょっかい出したがってるのは鳴海さんじゃないですか。
どうしてそんなことの手伝いを私が――」
「(ううっ)」
「まず二人は大人達によって支配された左右田工業高校に自由と熱を取り戻すための戦いを展開します。
もともと教師達の間にくすぶっていた疑問、生徒達の間にあった番長への憧れを稲葉さんがあおり、鋼鉄番長さんという強力なリーダーのもとに集わせたんです。
地元警察の圧力もありながら、わずか二週間でお二人は左右田工業に自分たちの旗を立てました。
これで二人きりだった鋼鉄番長陣営はぐっと力をつけたわけです」
「でも一種の真空地帯だった左右田工業に、どの陣営にも属さない全く未知の番長が出現したんです。火星人襲来ほどの衝撃がありました。
魔法番長側もピストル番長側も、すわ何事かと色めきだち――」
「番長時代を語るにはこういうのがいいんです。
とにかく二陣営ともこの新番長への対応で緊急会議を開きました。
どちらの陣営も、新番長は必ず魔法番長さんかピストル番長さんの指揮下に入る、と考えたんです。
それはそうですよね、全国高校はこの二大番長に治められていたんです。どっちかに付かないことには全国からつまはじきにされちゃいます。
だから二大番長はこの新戦力を相手に取られないためにはどうするあ、と会議を開いたんです。
しかしこの会議中、あの有名な『鋼鉄独立文書』が二陣営に届けられたんです」
「もう、話の腰を折らないでください!
いいですか、『鋼鉄独立文書』とは四百字詰め原稿用紙二十枚に渡る鋼鉄番長さん直筆の独立宣言のことです。
魔法番長さんとピストル番長さんの支配体制と番長としての姿勢を批判し、あるべき番長の姿について熱く語り、
我こそ真の番長を目指し、貴殿、貴女らの配下にはならない、といった内容です」
「見てください、この男らしくて熱い字を。
二大番長はこれに戸惑いました。
たかが一校が独立するのは構わないと言えば構わないのですが、自分達の中にいる不満分子がそこに集ってしまうと大勢力になる可能性もあり、後々面倒になりかねません。
わずか二週間で左右田工業を治めた鋼鉄番長さんの実力も不気味です。
二大番長は鋼鉄番長さんを危険分子とみなしました。
そして両番長とも制圧部隊を送り、武力によって左右田工業を鎮圧、配下に引き入れようとしたのです」
「奇しくも両陣営の部隊は二日違いで左右田工業に戦いを挑みました。
全国規模の番長陣営がたった一校を相手にするだけですから、決闘状を送って戦いの時と場所を申し合わせた正々堂々の合戦です。
ピストル番長さんも魔法番長さんも十分な武器を持たせた五十名以上の兵を戦いに送り込みました。
対して左右田工業側はどれだけの兵を用意したでしょうか。なんと鋼鉄番長さんたったひとりが迎え討ったんです。何の小細工もなく、たったひとりです。
そして鋼鉄番長さんは両方に勝ったんです!
二大番長の大軍が、その強さの前に五分も経たず敗れたんです!」
「嘘と思われたかもしれませんが、本当なんです。
どんな飛び道具もどんな武器もどんな集団戦術も鋼鉄番長さんを止めることはできませんでした。
たったひとり、ただひたすら強い番長がこざかしい戦略や戦術、卑怯な飛び道具を蹴散らして勝利を得たんです!
これぞロマンですよ! 日本で伝統的に愛される物語です!」
「でも鋼鉄番長さんの勝利は現実ですよ。そしてこのロマンな勝利が全国を震撼させ、鋼鉄番長勢力を急成長させることになるんです」
「鋼鉄番長さんの登場前から両陣営には冷戦状態に不満を抱く人がけっこういました。
それに二大鋼鉄番長の強さや指導力は認めていても、直感的に番長らしくないな、と思う人もいたんです。
ピストル番長さんは色白の美少年、魔法番長さんは美しい女性です。番長の男らしいイメージとはかなり違います。
それに二人は策を使い、敵を翻弄する集団戦を基本とします。さらに勝つためにはどんな武器でも使います。
この辺りが『俺の求める番長とちょっと違うんじゃないか?』と感じさせてたんですよ」
「けれど強くて頼れる番長は他にいませんし、全国的な流れの中では不満があっても二大番長どちらかに付かざるをえません。
そこに百九十センチの金剛力士みたいな人が番長として名乗りをあげ、学ランをなびかせただひとりで大軍を倒すという快挙をやってみせたんです。
『これこそ俺らの求める素敵な番長だぁ』ってなりますよね?」
「だからなったんです!
こういう人達が左右田工業の門を叩き、鋼鉄番長さんと手合わせしたり腹を割って話したりして、次々と仲間になっていきました。
熱い男達は鋼鉄番長さんの男っぷりに惚れたんです。
それに二大番長が独自の階級による上下関係を明確にした近代的な組織を作っていたのと対照的に、
鋼鉄番長さんはそうやって迎えた人達を部下や子分というふうに扱わず、『友』や『兄弟』として同盟を結んだんです」
「友の危機には鋼鉄番長さん自ら駆けつけ、襲い来るピストル番長や魔法番長の軍団を蹴散らします。
時には助けが間に合わず、二大番長勢に制圧されてしまう学校もありましたけど、
それらの学校の番長さんは二度と魔法番長さんやピストル番長さんに忠誠を誓わず、鋼鉄番長さんへの友情を守り通しました。
そして鋼鉄番長さんはその番長さんを救出し、再び学校を奪還します。
二大番長さんの近代的な兵器や戦術は、鋼鉄番長さんの圧倒的な強さと友情にかなわなかったんです。熱血が勝ったんです」
「まさに二大番長が恐れた展開でした。そして冷戦は終わっていたのです。
全国高校はまた熱い戦いに乱れ始め、その年の十月下旬には鋼鉄番長さんの勢力は二大番長に匹敵するものに成長します。
これが番長三国志時代です。実に鋼鉄番長さんが稲葉さんと二人で戦いを始めてからわずか半年後のことでした」
「もちろん鋼鉄番長さんの痛快な活躍の影には、親友である稲葉さんの地味で細かなサポートがちゃんとありました。
各校の戦況や戦力を調べ、ピンチの時の連絡網や移動手段、退避経路の確保、その他諸々の事務手続をこの人が見事にやってのけていたのです。
鋼鉄番長さんが男らしく熱血できたのも、稲葉さんが冷たい部分を一手に引き受けてたからです。これもまた感動的な友情です」
「それがどうして、鋼鉄番長さんの強さには理屈があるんですよー」
「そこがこの熱い番長史の面白いところなんです。菅村軍平先生が『番長の王国』の中で行っている分析を聞いてください」
「そもそも一校を治めるだけの番長が全国規模の統治者に成長したのは、抜刀番長さんが本来自由で家族的な番長の統治に、近代的な冷たい管理の支配を持ち込んだからでした。
それをピストル番長さんや魔法番長さんは、これまで不良だけが参加していた戦闘に一般性との集団力を持ち込み、近代的な戦術と兵器を使って倒したんです
フランス国民兵が専門的戦闘集団を打ち破ったように、奇兵隊が幕府軍を破ったようにです!」
「しかし組織が巨大になれば二大番長さんも結局は抜刀番長さんと同じ冷たい管理的、中央集権的支配を行わざるをえませんでした。
戦後日本は欧米の洗練された合理的な思想を取り入れ、高度成長を目指していたんですから番長の世界もそれに習うのが当たり前だったかもしれません。
西洋的な美形のお二人がリーダーになったのも時代の流れを感じさせます。
しかし自由で熱い番長を望む人達は不満に思います。
日本人の心はどうした、武骨な生き方はどうした、欧米のきれいなだけの論理を崇拝して、熱き大和魂を捨てていいか、というわけです。
おコメの国の人なんですからこう思うのが自然です!」
「そこに鋼鉄番長さんです。その活躍はまさに大和魂を絵に描いたものです。
物量を圧倒した憎き欧米を倒すように、数に任せた二大番長をやっつける様は日本人の大好きな姿です。日本人が応援するはずです。
こういう時代的なバックボーンがあるからこそ鋼鉄番長さんは急成長できたんです!」
「いえいえ、ここに最高とも言える時代の皮肉があるんです。
憎き欧米主義を大和魂が打ち破ったかに見えながら、実はそうではなかったんです。
ほら、鋼鉄番長さんが稲葉さんを最初に助けた時、何か未知の格闘術を使っていると書いてありませんでした?」
「鋼鉄番長さんの無敵の格闘術とは、なんとアメリカ陸軍流格闘術だったのです!」
「にっくき欧米主義を打ち破る素敵な大和魂どころか、鋼鉄番長さんはアメリカン・スピリッツの産物とも言うべき人だったんです。
パンの国の人にはどうしてもかなわないんです。いやはや、時代とは皮肉なものですねー」
「はい、有名でした。鋼鉄番長さんが強さの理由を訊かれて正直に答えてますから」
「当時の不良さん達は頭悪いですから、こんな複雑な歴史の皮肉に気づくわけありません。
『やっぱアメリカはすげぇや、ひゃっほー』とコーラ飲んで喜んでたんですよ」
「それは鋼鉄番長さんの育ての親が、元アメリカ陸軍中佐グレゴリー・マクドナルドさんだったからです」
「マクドナルド中佐はアメリカ陸軍でいくつも武勲を上げた立派な英雄で、近接戦による格闘ではマスターと呼ばれるくらい強い人でした。
ほらほら、本文中に資料写真があるでしょう?」
「しかしある作戦でマクドナルド中佐は、一緒に行動していた軍の七割を壊滅させてしまうという大失態を引き起こしてしまったんです。
さらに悪かったのが、この作戦で前線にいたマクドナルド中佐は何かうまい具合に逃げのびて生き残っちゃったんです。
前線でがんばってひとりでも多くの部下や仲間を無事退却させて本人は戦死、というなら格好もついたんですけど、
やっぱり仲間を見捨てちゃいけません、後ろ指さされます」
「これですっかり英雄の名を台無しにして軍では白い目で見られ、責任を追及され、厳しい処分は避けられたものの、三十半ばで軍を辞めざるをえませんでした。
軍を辞めたマクドナルドさんは戦場での大失態が有名でアメリカに居づらいので、友人を頼って日本にやってきたんです」
「いいも何も、実際にあったことなんですから。
三郎太さんは最初、この異国の同居人に怯えていましたけど、すぐに『ダディ、ダディ』と呼ぶほどなついたそうですよ。
マクドナルドさんも子ども好きで、自分の息子のように可愛がったそうです。オウ、プリチィ・マイ・サンって感じでしょうか?」
「三郎太さんはその頃からいい体格してましたから教えがいがあったんですね。
またマクドナルドさんは自分が父親として頼もしいところを示したいから、得意の格闘術で親子の親睦をはかろうとしたんですよ。
ああ、このほほえましい親子の交流が後に全国を巻き込む戦乱の時代を生み出そうとは誰が予想したでしょうか!」
「こういうのがないと熱い番長史は語れないんです。
三郎太さんとマクドナルドさんは血はつながっていないし瞳の色も違うけれど、本当に親子のようだったんです。
三郎太さんはマクドナルドさんが大好きで、こんな心温まるエピソードが書かれています」
「三郎太さんが小学五年生の時に、どこで聞きつけたのか近所の悪ガキがマクドナルドさんを『なかまをみすてたひきょうものー』とバカにしたんです。
すると三郎太さんはマクドナルドさんより先に怒り出して、その悪ガキを半殺しにしたそうです。
どうです、心温まる親子愛でしょう?」
「わかりました」
「ではクライマックスから鋼鉄番長さん死後の番長黄昏時代までをお話しします」
「ピストル番長さん、魔法番長さん、鋼鉄番長さんの三陣営は十一月末頃にはほぼ勢力を均衡させ、状況が膠着しました。
たまに小競り合いはするけれど、本格的な戦いはせず手打ちにする、という状態ですね。
三人とも一万以上の戦力を抱えているんです。総力戦は多数の死傷者を出す壊滅的な規模に必ずなります。
こうなると集団のリーダーはそれを恐れてできるだけ戦いを避けます。冷戦時代の再来ですね。
それはそれで平和でいいんですけど、かつての二大番長冷戦時代とは決定的に違う点がありました」
「はい。この時ピストル番長さん、魔法番長さんともに三年生で、四ヶ月後には学校を卒業、後継に任せざるをえません。
しかし鋼鉄番長さんは未だ一年。二人が卒業した後も現役バリバリです。
さらに卒業間近い二人の番長には、鋼鉄番長さんと渡り合えるだけの後継者がありませんでした。
強大なリーダーを失った集団ほど脆いものはありません。
二人が卒業すれば一年と待たず、鋼鉄番長陣営が全国を統一するのは目に見えていました」
「何言ってるんですか、留年した番長なんてみっともないじゃないですか」
「一時代を築いた二人の番長さんは去る身ですから仕方ないとあきらめられるかもしれません。
けれど残される部下の人や傘下の学校はそうもいかないです。
せっかくここまで大きくした組織をみすみす鋼鉄番長さんに奪われるなんて許せません。
将来の大敗北を避けるためにも、二大番長が在学中に身を賭して鋼鉄番長軍団と決着をつけなければ、という決戦ムードが全国的に盛り上がっていったんです」
「時間的に優位にたつ鋼鉄番長側は、決戦を回避すれば楽に勝者になれるはずでした。
しかし特に熱血な男達が集まった鋼鉄番長陣営ですから、『どうせなら二大番長を倒して天下とったる!』、と決戦ムードに迎合します。
日が経つにつれそのムードは鎮まるどころか高まるばかりで、番長グループに日頃距離を置いてる学生も、にわかに三番長の誰を応援するかで血を沸かせます。
前にも言いましたけど、三陣営が総力戦を行えば、どの学校も壊滅的なダメージを受け、勝者といえどタダでは済みません。
ただの生徒でさえ熱くなっている状況では、決戦と同時に全国で暴動が起きるでしょう。
多くの死傷者が出ることは火を見るより明らかでした」
「止められるわけありません!
下手に権力使って風紀を正すだの補導しまくるだのしたら、血気にはやった学生達はすぐ反発して弾けますよ。
それをきっかけに三番長の天下分け目の決戦が起こる可能性は大です。みすみす火をつけるマネを臆病な大人が出来るわけないじゃないですか」
「いちいち引っかかりますね。
とにかく事態は誰の意志からも離れ、集団の熱で動いてたんです。
ピストル番長さんも魔法番長さんもかしこい人ですから、この決戦を回避する方法はないか模索していたそうです。
でも下からの突き上げは抑えられませんし、下手に和平を話題にすれば『我らを見捨てるのですかぁ!』と反発されて、そのまま勝手に決戦になだれこみそうな雰囲気でした。
大きくなり過ぎた集団は言葉では止まらないんです。時代の熱が決戦のカタストロフへ運命の輪を高速で回していたんです」
「年が明けて一月の初めには、二大番長陣営にいるごく少数の決戦反対派が鋼鉄番長殺害計画を立てている、という噂がまことしやかに流れ出します。
抜きん出て強い鋼鉄番長さんさえいなくなれば、二大番長卒業後も戦力は均衡して決戦の必要はなくなります。
反対派がカタストロフの輪を止める逆転策として考えたのもわかります」
「そうなんです。ピストル番長さん、魔法番長さんとも計画の存在を公式には否定していますが、あまり信用されませんでした。
鋼鉄番長さんはこの噂を重く見て『自分が狙われた時、周りの人に災いを加えるわけにはいかない』と、
これまで一人暮らししていたアパートから、辺りに人気のない河のそばに建つ廃屋同然の小屋へ住まいを一時的に移しました。
二大番長陣営にはダイナマイト番長やナパーム番長といった過激な特攻部隊がいましたから、そんなのに自宅を爆破されたりすると何の関わりもない人達まで傷つきかねません、
男として適切な判断です」
「時間が刻一刻と過ぎていく中、どの学校でも決戦の日取りを巡って伝令が走り、いつでも戦闘に突入できるよう武装を固めていきます。
一月中旬には決戦反対派も総力戦やむなしとあきらめ、いかに犠牲を少なくするかの次善策を立てだしたといいます。
そして全国的に『決戦は二月一日になる』という噂が広まり出しました。
やがて噂は決定事項と言われるようになり、一月二十三日の午後には魔法番長さんとピストル番長さんが同時に『決戦は二月一日だ』と宣言。
一日遅れて二十四日の朝、鋼鉄番長さん自身が『無駄に血を流すは愚劣。だが何事にも時がある。破壊する時、建てる時、決戦は避け得ぬか』と苦渋に満ちて言い、
稲葉弘志さんがその日を決戦の時として受け入れると公式に宣言して熱狂は頂点に達しようとしていました」
「日本が焼土と化すほどの被害にみまわれる恐るべき事態が予想されるのに、もう誰にもとめられない所まで状況は進展したかに見えました。
心ある人は勝者なく破壊だけに終わるこの決戦が現実のものとならないよう、神に祈ったといいます。
そんな祈りがあちこちで行われている中で迎えた一月二十六日水曜日、午前八時二十分過ぎ。
一時の住まいとした小屋で、鋼鉄番長・荒木三郎太さんが亡くなっているのが発見されました」
「発見したのは小屋から三百メートルほど離れた所で定食屋を営んでいたご夫婦の奥さんでした。
鋼鉄番長さんは毎朝その定食屋で朝ご飯をいただいていたんですけど、この日はいつもの時間になってもやってきません。
心配になった奥さんは自転車をこいで様子を見に来たんです。
病気で寝込んでいるならいいけれど、殺害計画が進められているという噂もありましたから、すごく心配したんです。
小屋に着いて戸を叩いても返答はありません。奥さんは横に回って窓から中を覗き込みました」
「そこで鋼鉄番長さんが、床に座って窓際の机に突っ伏すようにしているのを発見しました。
外傷は全くありませんでしたが、土気色の顔で一目で死んでいるとわかったといいます。
奥さんは中に入ろうと窓を開けようとしたり表の戸を開けようとしましたが、全く動きません。
そこで家に戻って旦那さんや近所の人に報せ、十人ばかりで戻ってきて戸を押し破り、やっと小屋の中に入りました。
もちろん鋼鉄番長さんは絶命していました」
「警察や死体発見を聞きつけた左右田工業の生徒達が駆けつけ、現場は騒然としました。
鋼鉄番長死す、の報は光のごとく全国へ広がり、誰が殺したか、と口々に問われます。
ピストル番長さん、魔法番長さんはその日の夕方に揃って殺害を否定する声明を出しましたが、
鋼鉄番長陣営は『どうせどっちかの仕業に決まっとる。まとめて弔い合戦じゃあ!』と今にも兵をまとめて決戦を始める勢いでした。
でも鋼鉄番長さん亡き今、実質的にリーダーだった稲葉さんが『警察の判断を待て、同志達よ』と皆を抑えて翌日を迎えました」
「稲葉さんは地味ながら実力者だったんです。書いてませんでしたか?」
「そしてその日の午後二時。ピストル番長さんと魔法番長さんが鋼鉄番長殺害事件の捜査本部が置かれた警察署に揃って出頭しました。
二人ともその日の午前に郵送されてきた封書を持って。その封書こそ、鋼鉄番長さんが宿敵二人に宛てた遺書だったのです」
「はい。警察も解剖、現場検証から公式に自殺として遺書も公表し、全国の学生は涙しました。
鋼鉄番長さんについてきた人達も、鋼鉄番長陣営と敵対していた人達も、仲間を守るために敢えて自殺したその男気に泣きました。
天も泣き、地も震えました。
あらためて皆は戦いのむなしさを知り、真の番長とは強さや勢力の大きさを誇るものでなく、平和を守れてこそのものだと気づいたのです。
戦いは何も生まないのです、感動なのです」
「切腹は死ぬほど痛いだけでなかなか死ねないから大変なんです」
「それがですね、マクドナルドおじさんと歌子母さんは手に手を取って中学二年の鋼鉄番長さんを捨て、アメリカに逃げちゃっていたのです」
「鋼鉄番長さんには他に身寄りがなかったんですけど、逃げた二人がそこそこお金を置いていったのでいきなり生活には困りませんでした。
でも鋼鉄番長さんは中学生の時から勤労少年となり、定番の新聞配達はもちろん大人顔負けの体を生かして工事現場の手伝いなんかもこなしてがんばっていたのです。
そのたくましい姿に不良に厳しい大人達もほろりときて、鋼鉄番長さんは町内でも人気が高かったんです。
鋼鉄バッチも町工場の職人さんに協力して作ってもらったんですよ」
「稲葉さんが取り仕切って、左右田工業で追悼式みたいなのを行いました。
お経を上げるとか式次第に沿ってとか形式張ったものは全くなくて、
ただ講堂に鋼鉄番長さんのご遺体をおさめた棺を置き、お別れを告げたい人はそこに花を一輪ずつ供えていく、というものでした。
時折すすり泣く声や号泣にむせぶ声がするだけのしめやかなものだったそうです。
朝の七時から開かれたんですけど、花を捧げる人はひきもきらず、昼前に講堂は花でいっぱいになったといいます」
「四月になってピストル番長さんと魔法番長さんがいなくなると、予想通り各地で新リーダーを名乗り、野望に燃えるだけの番長が現れました。
しかしそれを稲葉さん率いる鋼鉄部隊が残らず潰して回り、各校に正義と自治を取り戻していきます。
稲葉さんは組織を作らず、それぞれの学校がそれぞれの力で立つ援助をし、古き良き番長時代を甦らせようとしました」
「そうはいっても稲葉さんの活躍に、指示も命令もされないけれど彼を主とする学校がたくさんありました。
いつしか、激しく輝く星のような番長達の後に現れた控えめな番長という意味合いで、稲葉さんは星影番長と呼ばれるようになったんです。
その名は全国に知れ渡り、星影番長こそ頂点に立つ大番長と言われました。少し皮肉な話ですけどね」
「星影番長さん卒業後は全国に名を知られる番長は現れず、一番長が一校を守る古き良き時代が戻ってきました。めでたしめでたしです。
しかしこれが番長時代の黄昏でした。
激しく燃えた蝋燭が早く消えるように、番長の存在意義は急速にうすれ、時代から番長そのものが消えていったのです」
「なんです? ようやく鳴海さんも熱い時代が理解できましたか?」
「はい、平和に勝るものはありません。鋼鉄番長さんは平和のために死んだのです」
「どうして鳴海さんはそうロマンを解さないんですか! 素敵な鋼鉄番長さんをバカにしますか!
真の番長を目指すことのどこが悪いんです! みんな真の番長を目指して燃えに燃えてたんですよ!」
「不明です」
「葬儀の後、稲葉さんがご遺体を講堂から運び出したのはわかってるんですけど、その後どうお弔いをしたかは不明なんです。
稲葉さんもその後の処置をいまだ誰にも教えていません。
一説によると熱狂的な鋼鉄番長シンパにご遺体が盗まれることを恐れ、密かに火葬にして海に散骨したと言われています。この遺骨探しも一時期話題になったんですよ?」
「これ、千景さんに渡したのと同じ鋼鉄番長さんの死に関する情報をまとめたものです。
どーせいるでしょうから鳴海さんの分も作っておいたんですよ?」
「復讐?」
「それ、笑い事じゃないかもしれませんよ?」
「はい、昨日調べてわかったんですけど、千景さんのお父さんは星影番長・稲葉弘志さんです。
遅い結婚で生まれたひとり娘なんですよ」
「稲葉ご夫妻は四年前に離婚して、千景さんはお母さんの方に引き取られたんです」
「稲葉さんは先週土曜の夜に大きな交通事故に巻き込まれ、重傷を負って入院されています。
詳しい容体はわかりませんけど、年齢が年齢ですから気力で保っているところもあると思います」
「たぶんそれ以外は考えられませんね。葬儀からご遺体の処置まで取り仕切った稲葉さんなら持っていてふさわしいですし、大事にしてそうです」
「鳴海さん、この辺りでやめときません? 他人の家族の問題ってダークですよ」
「第一、ちょっとタイプの女性だからってちょっかい出すなんてかっこよくありません」
「年上で気が強くてそのくせどこか抜けててほっとけない感じの女性って鳴海さんのタイプじゃないですか。しらばっくれてもダメですよ」
「じゃあどんなのなんです?」
◆『鋼鉄番長の密室』第三章「日々の名残」
「絆創膏? 首のケガ、まだふさがってないんですか?」
「ち、ち、血が! 額から血が!」
「さ、先に消毒です! ここ、椅子に座ってください!」
「いったいどうしたんです? 妙に狭い範囲のケガですね」
「私を無視してあんな女にちょっかい出すからばちが当たったんです」
「それで、千景さんはどうだったんです?」
「ファザコンですか」
「ダークですか」
「むー、結局最後の大番長・星影番長さんもずいぶん経ってからですけど家族に問題を抱えてしまったんですねー。番長って因果です」
「やっぱり悲しくて、さびしかったんじゃないんですか?」
「だから番長を目指したんですよ。番長はたくさんの仲間を守り、慕われて立つ父親みたいなものですから。
そうやって擬似的な『自分の家族』を作って、悲しさを乗り越えようとしたんじゃないですかね」
「いえ、これは私のオリジナルです」
「支持するも何も、鋼鉄番長さんは自殺です。他殺説の千景さんがおかしいんですよ」
「鳴海さん、鋼鉄番長さんの事件ファイルは読んだんですよね?」
「どうです、どうにかなる事件ですか?」
「簡単に言っちゃいますね。いつも弱気な鳴海さんらしくもない」
「普通いくらでもできませんよ。それより疑問点なんかありましたか?」
「立てられるんだったら千景さんに教えてあげればいいじゃないですか。あの人の望みは鋼鉄番長さんの密室を開けることなんでしょう?」
「ほんとに、いつもはのらくらしてるくせに変なとこだけ熱くなるんですから。もちろんそれがなければただのいじけたうっとーしー人なんですけどねー」
「事実を無視して成長はありませんよ」
「はい?」
「本編の内容自体は変わってませんよ。誤字脱字の修正や仮名遣いの改変はありましたけど、物語の感動はそのままです」
「番長時代から半世紀近く経ちましたからね、名だたる番長さん達のその後を調べた章がひとつ作られています。
星影番長さんはヴァザーリの社長さんですし、
魔法番長さんは結婚して島淑子と名前が変わりましたけど衆院選に四期連続当選、日本初の女性総理大臣なるかとも言われる政治家ですし、
ピストル番長さんは世界各地の紛争地帯を回って世界的な評価を受けるジャーナリスト、R・アイザワとして活躍しておられます」
「いえ、あとひとつ。これが増補改訂版を出した一番の理由だそうですけど、グレゴリー・マクドナルドさんへのインタビューが載ってるんです」
「はい、もう九十歳近いんですけどまだアメリカで生きておられたんです。
菅村軍平先生が学会でアメリカに行かれた時、偶然見つけられてインタビューに成功されたんですよ。世の中には劇的な出来事があるものです」
「うーん、悔いておられることは悔いておられます。
実はマクドナルドさん、鋼鉄番長さんを捨てるつもりは全くなかったそうなんです」
「そこなんです。事実はアメリカでの住まいや仕事を整えてから鋼鉄番長さんをアメリカに呼ぶ予定だったんです。
鋼鉄番長さんは当時中学二年生で、今後のためにも義務教育は日本で終わらせておいたほうがよかったですし、
マクドナルドさんもアメリカでの仕事がうまくいくかわからなかったので連れて行く自信がなかったんですよ」
「それも当初はマクドナルドさんおひとりで帰るつもりだったんですけど、
鋼鉄番長さんが『俺はひとりでも大丈夫さ。ダディの方が大変だろう、おふくろと一緒に行けよ。ひとりよりふたりがいいだろ』と泣かせることを言って二人を送り出したんです。
だからほら、鋼鉄番長さんの手許にいきなり生活に困らないだけのお金が残ってたんですよ」
「はい、マクドナルドさんはアメリカに着いてからも週に一度は鋼鉄番長さんに手紙を出して、できるだけお金も送っていたんですけど、
半年ほど経った時、仕事関連でマフィアのいざこざに巻き込まれて」
「そんなこんなで手紙や仕送りどころか、自分と歌子さんを守るのが精一杯の逃亡生活を強いられたんです。
どうにかトラブルを乗り切って、連絡の途絶えた愛するマイ・サンを探しに日本に戻れたのは、鋼鉄番長さんが自殺されてから五年後のことでした」
「はい、当時住んでいたアパートの近所の方に尋ねたらすぐに息子さんの劇的な死について教えてもらえたそうです。
運の悪いことに稲葉弘志さんはその時どこかに引っ越して結局会えずじまいになり、遺骨の行方も知ることができなかったそうです」
「マクドナルドさんは最後にこう答えておられます。
『息子は立派に仲間を守り、英雄として名を残した。仲間を見捨てて名を墜とした私にはまぶし過ぎて罪悪感さえ覚えるほどだ。バカな私の当てつけにさえ思えるよ。
だがひとりの父親としてはどんな汚名を受けても生きていてほしかった。ああ、サブロウタ、どうして愚かに自殺などしたのだ』と」
「そういうふうに言うのはよくないと思いますよ?」
「あのですね、鳴海さん」
「私をいつでも言うことを聞く召使いか何かと思ってません?」
「(うううっ)」
◆『鋼鉄番長の密室』第四章「家に帰る道」
「うふー、このエビのぷりぷり感とぴりぴり感が」
「どうかしました、鳴海さん?」
「今さら何言ってるんです?」
「ち、千景さん! 性懲りもなくノックなしに入って来ましたね!」
「聞いてませんっ」
「そ、それより何ですか! 用もなく新聞部に来ていいのは部員だけですよ!」
「領収書いりますか?」
「あげませんよ」
「あげないって言ったじゃありませんか!」
「お母さんに作ってもらったんじゃありません。これは鳴海さんの手作りですっ」
「どこかの小娘って誰ですか」
「その指には何か私の人格に対する最大級の侮辱がこめられている気がします」
「楽しそうですね、鳴海さん?
話を聞いてると千景さんにピアノ弾いてあげたみたいですね、私が頼んでも弾いてくれなかったですよね?」
「ふーん、そうですか。千景さんって鳴海さんのタイプですからねー、たいぷ」
「ふーん、じゃあどんなのなんです?」
「二人は親友だったからこそ言葉はいらなかった、と『番長の王国』では説明されてますよ?」
「あの、共犯じゃなくちゃダメなんですか?」
「でも鋼鉄番長さん殺害の容疑者は三人しかいないんですよ?
三つの解決を示すと言っておいて、いきなり二人まとめて犯人にしちゃうのはもったいなくありません?」
「死亡推定時刻は二十五日の午後十時から十一時ですから、その間に鋼鉄番長さんは小屋に帰ってきて水を飲んだんですね?」
「二大番長の部下の人達が小屋を見張っていたでしょうから、鋼鉄番長さんの死はすぐわかりましたよね、
お亡くなりになるとすかさず密室を作るためにメンバーが集まってきたんですか?」
「でも警察の調べでは戸にも敷居にも何の仕掛けもありませんでしたよ? 釘や接着剤とか余計なものを使っていれば一発でバレたはずです」
「窓?」
「えーと、それは窓枠が歪んじゃってたせいで――」
「(あ)」
「そのために二十人もの頭数が必要だったんですね!」
「そういう基準はどうかと思いますが」
「真実はひとつですし、大抵それって面白くないものですよ?」
「密室を開くという前提もおかしくなっちゃいません?」
「それは昨日も言ってましたけど、左右田工業が勢力を広げる時に謀略の部分は稲葉さんが担当しておられましたし、
戦いの時も鋼鉄番長さんはアメリカ陸軍流格闘術に任せた単独中央突破ですよ。考えなしの熱血さんとしか思えないじゃないですか」
「えーとそれは物語としてドラマティックだから………」
「な、鳴海さん、その仮説は危険です! 熱い番長時代を根本からひっくり返します!」
「な、鳴海さん、一応筋は通ってますけど、それは恐ろしい仮説です。本当に稲葉弘志さんを死なせちゃうくらい恐ろしい仮説です」
「で、でもバッチの形なんて偶然かもしれません!
十文字は珍しい形じゃありませんし、キリスト教徒じゃなくても十字架のアクセサリーを持つ人はいます!」
「な、鳴海さん、そりゃ宗教は人それぞれですから鋼鉄番長さんがキリスト教徒でもかまいませんけど、
どうして隠れキリシタンみたいに十字架をバッチにカモフラージュするんですか。いくら四十五年前でも信仰の自由は認められてましたよ?」
「じゃ、じゃあなぜ番長を目指したんですか! 信仰を隠さなきゃならないようなことを敬虔なクリスチャンが敢えてするなんておかしいです!」
「なら稲葉さんとの出会いの場面はどうなんです? 鳴海さんはあれを策謀いっぱいの出会いと証明したじゃないですか!」
「で、ではですね、二大番長で落ち着いていた全国を乱しちゃう急激な勢力の拡大はどうなんです?
『家族』が欲しいだけなら全国規模まで行くことはありませんし、平和を乱すのも望んではいなかったですよね?」
「そんな人、ひとりしかいませんよ」
「ティーセットを新しくする頃合いですかねー」
「なんてこと言うんですか、失礼ですね」
「鳴海さん、千景さんとはこれで済むんですか?」
「でも鳴海さんのタイプじゃ――」
「百歩譲って鳴海さんがそうでも千景さんの方が――」
「どうしてこう、いざという時の自分のかっこよさに自覚がないんでしょうかねー。
千景さんだってきっと鳴海さんの魅力がわかったはずですし、もしかしたら………」
「わからなくていいですっ、ほんと、誰に対しても鈍感なんですからっ」
◆『鋼鉄番長の密室』エピローグ
登場なし
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